場の神様

店のこと

2018年01月16日

1月もはや中旬。新年のご挨拶が遅れました。皆様、どのように新しい年を迎えられましたでしょう。

私はといいますと…。12月は一年で一番忙しい月。店を始めて以来、毎年のことながら、大掃除もお正月の準備もできないままの年越しとなってしまいました。疲れと安堵感から、ちょっと虚脱状態で迎えた新年。午後になって、ようやく自宅近くの大型スーパーへ買い物に。今時は元日から開いている店があり、忙しい身には助かります。

そこで古くからの知人にバッタリ。年末のブログ(ブログよぅ、がんばらはったなぁ)を読んでくださっていたのか、偶然か。会うなり「よぅ、がんばったなぁ」と声を掛けていただきました。その言葉がスッコ~ンと心に落ちたもよう。一年間、張りつめていた気持ちが一気に緩み、とつぜん涙がポロポロ。

通りすがりの方は、なんと思われたことでしょう(笑)。お恥ずかしい限りですが、涙の効能は絶大。なんだか気持ちがスッキリし、にわか仕掛けのお節の準備、大掃除のまね事などをして、たちまちお正月気分にリセットされました。

豪華なことはなにもない我が家ですが、休みと思うだけで味わう解放感は、なによりの贅沢です。最後には、読書の時間も少し持つことができました。なにも起こらない静かな時間…。ふと、あの慌ただしい生活にまた戻れるだのろうか、と不安がよぎったりして。

そんな不安も束の間、営業前日には仕込みやもろもろの準備に、朝早くから店に行かねばなりません。いつも思うことなのですが、長い休みの時は、店も静かに休息しているよう。普段は店も緊張しているんだなぁ。邪魔をしないよう、静かに準備に取り掛かるのが常です。

ところで、店にはたくさんの守り神様に居ていただいています。神棚には各社のお札。店先の植木には小さなお地蔵様。店内には大黒様(ブログ大黒様)に鳳凰様(ブログ鳳凰様)。祇園祭の厄除けの粽(ちまき)に招き猫。飾られた写真や絵画…。

非力な私たち、四方八方から守っていただかないと、と一つずつ自分で買い求めたものもあれば、お客様や知人から贈られたものもあり。その方たちのお気持ちも含めての守り神様だと思っています。

閉店後には、その日の無事に感謝して、それぞれの神様にご挨拶するのが欠かせない習慣です。そして店を出る前、最後に店内を振り返ると、いつからでしょう、天井近くにゆらゆらと、たゆたう気配を感じるようになりました。とても厳かで、畏れ多い。けれど、おおらかな…。思わず手を合わせます。

それは守り神様たちが融合されたもののような。あるいは、どの神様でもない独自のもののような。この土地の上に建つ、この店にのみ宿られる神様。いわば「場の神様」とでもいうのでしょうか。開店から5年を過ぎて、ようやく姿を現してくださったのか。あるいは、ようやく感じられる私になったのか。

何百年と続く老舗店に入った時に感じる、えもいわれぬ空気感があります。それはやはり、そのお店の「場の神様」が、醸(かも)し出されるものなのではないでしょうか。誰の目にも明らかなその風格は、重ねられた年数のたまもの。さすがというしかありません。

この神様、もし私が邪(よこしま)なことを考えたり、したりしたら、たちまち消えてしまわれるに違いない。建物はあっても、もぬけの殻のような、そんな店になり下がり、やがて消えてしまう。そんな気がしています。

節目の5年を過ぎ、6年目となる今年は、これまで無我夢中で気づかなかったこと、そうした一つ一つを丁寧に見直していく年にしたいと考えております。「場の神様」に守られながら、試されながら、最後にまた泣き笑いできるよう、がんばっていく所存です。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

よぅ、がんばらはったなぁ

店のこと

2017年12月31日

今年も残すところあと一日となりました。皆様にとって、どんな一年でしたでしょう。

「しののめ寺町」は今年3月、お蔭様で5周年を迎え、節目の年となりました。うれしいことではありますが、一方で、この先を見据えた時、果たしてこのままで続けていけるのか、という不安も。

伝統を守りながらも、新しい試み、展開が必要なのではと思うのですが、明確なビジョンがあるわけではありません。それを見定めるために、まずは出来そうなことから挑戦をしてみよう。そう心に決めて、今年はチャレンジの年と位置付けました。

昨年末より計画していたことや、外部から舞い込んだお話もあり、チャレンジの年にふさわしい幕開けとなりました。その分、気の重さも大きく、年頭のブログにはただならぬ緊張感が漂います(ブログ月は満ち 欠け また満ちていく)。

年明け早々から準備を重ね、ひとつひとつ実現していきましたが、「山椒まよねーず」が好評のうちにスタートしたことは、今年一番の大きな収穫でした(ブログ山椒まよねーず)、

春は別れと門出の季節。「しののめ寺町」でも、アルバイトさんが念願の職場に復帰されたり、海外に留学されたり。替わりの募集の貼り紙をするも、人手不足の昨今、功を奏せず。初めて求人広告を出すこととなりました。

人を選ぶということの難しさに反省点の多い経験となりましたが、お蔭様で願ってもない方が3人加わってくださることに。歓送迎会では、辞めていかれた方、新しい方、初対面ながら和やかな会となり、「しののめ寺町」のカラーはこんな感じかな。そんなことを思う夜となりました。

秋には季節限定の新商品「九条ねぎおじゃこ」の誕生。ちょっとエキセントリック過ぎないかと不安でしたが、思いのほか好評で、「しののめ寺町」の意外に前衛的な一面を垣間見た気がしました(ブログ九条ねぎおじゃこ)。

そんな小さなチャレンジを重ねた一年の総仕上げ、12月に入ったある日、一人のご婦人が来店くださいました。店内を見回し、「山椒まよねーず」や「九条ねぎおじゃこ」など、ひとつひとつにとても驚いて反応される様は、見ている私まで楽しくなるほどでした。「開店して何年になる?」と聞かれ、「5年が過ぎました」と答えると、こんな言葉を掛けてくださいました。

「よぅ、がんばらはったなぁ」

とても不思議なのですが、初めて聞いた言葉のように思えました。はんなりとした京都弁。時に、本心がわからないと揶揄(やゆ)されることもありますが、その言葉にはとても強い力がこもっているように感じました。

もちろん店に対して掛けてくださった言葉。辞めていかれたアルバイトさんはじめ、家族、仕入れ業者さん、店に関わってくださっているすべての方に対しての言葉だったのだと思います。が、ずど~んと心に響いたこの言葉、不遜ながら、私の労をねぎらってくださっているように思えました。

開店まもなく以来、今回が二度目のご来店とのこと。確かに開店当初は店内の設えも殺風景で、じゃこ山椒と塩昆布が並ぶばかり。5年後にこうした新しい商品が並ぶなどとは、想像もしないことでした。その変化を見ての、先の言葉だったようです。

これまでも「がんばってるねぇ」と声を掛けていただくことはよくありました。有り難いことなのですが、正直のところ、そのたびに歯がゆい思いをしていました。私にとって「がんばっている」というのは、結果を出して初めて口にできる言葉。その言葉にふさわしい自分ではまだないのだ、という思いが常にあるのです。

今回の「よぅ、がんばらはったなぁ」という言葉には、まだ通過点であっても、ここまでのがんばりを認めてもいいんだよ、そんなメッセージが込められているような。

いつも前ばかりを見て、立ち止まることが苦手な私。そういう視点でものを考えたことがありませんでした。初めて聞いた言葉のように思えたのは、そのせいだったのでしょう。目からうろこ。ふっと肩の力が抜けた思いでした。

最後に、さらなる明るい未来を予言して帰って行かれた、このお客様。そのうしろ姿を見送りながら、もしや神様からの使者だったのかも、なんて思ったり。

チャレンジの年と位置付けたこの一年。うまくいったこともあれば、さっぱりいかなかったこともあり。それでも、そのひとつひとつが、貴重なヒントを与えてくれたことは確かです。今も耳に残る、あの言葉。今日は、自分で自分に掛けてやろうと思います。

「よぅ、がんばらはったなぁ」

 この一年、本当にお世話になりました。新年は1月6日(土)より営業いたします。来年もご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。皆様、良いお年をお迎えください。

九条ねぎ おじゃこ

店のこと

2017年11月09日

秋限定の新商品「九条ねぎおじゃこ」。もう召し上がっていただけましたでしょうか? 九条ねぎのほのかな甘みと香りが、あっさりと炊き上げたじゃこ山椒と、思いのほかマッチしたよう。お蔭様で、大変ご好評いただいております。

昨年から始めた季節限定商品の試み。春の「桜」、夏の「梅」、秋の「生湯葉」。そうして今年また二巡目の「桜」「梅」ときて、秋…。「生湯葉おじゃこ、美味しかったわ。今年はいつから?」とのお声もたくさん頂戴していたのですが、繊細な生湯葉のこと、なにぶん手間がかかるため、今季は断念した次第です。申し訳ありません。

代わって、今年は「九条ねぎおじゃこ」。上質な九条ねぎの生産、加工で定評のある「こと京都」さん(https://www.kotokyoto.co.jp/)にご協力いただきました。以前のブログで書きましたが、中小企業家同友会(ブログ中小企業家同友会)という会に加入しているのですが、「こと京都」さんも会員であられることから結ばれたご縁です。

新商品は、毎回、決まるまでも、決まってからも、プレッシャーなものです。今回の九条ねぎ、とても上質で高価なものを使っております。うまく生かせなければ、九条ねぎにも、「こと京都」さんにも、申し訳ないことになります。

九条ねぎとおじゃこなんて、リスクが高過ぎはしないか。緑のおじゃこって、いわゆるインスタ映えする絵だけれど、味が伴わなければ、むしろ軽薄な印象になるのでは。いつも以上に不安でいっぱいでした。

果たして受け入れていただけるのかどうか…。販売初日の朝は、いつもドキドキです。店先の黒板に新商品の案内を書き、お味見用のおじゃこを器に入れて、いざ開店。

お客様が入ってこられるなり、口を揃えて「九条ねぎおじゃこってどんなの?」と仰るのには驚いてしまいました。「九条ねぎおじゃこ」でなければ通り過ぎておられたかも、と思う方も多数あるような。お味見のあと「おいしい!」のお言葉に、胸を撫でろした次第です。

季節限定商品には、毎回、新鮮な発見がありますが(ブログじゃこ桜、ブログ生湯葉おじゃこ)、今回はまた違った手応えを感じています。九条ねぎという斬新さ。鮮やかな緑という見た目のインパクト。不安材料だった部分にこそ、お客様が評価をくださったことです。

今や「じゃこ山椒」「ちりめん山椒」といえば、京都のお土産の定番の一つになっているよう。それはうれしいことですが、高級料亭さんからスーパーマーケットまで、どこでも売られる食べ物となりました。

たまに街中の商店街やデパ地下を歩いていると、右を見ても「おじゃこ」、左を見ても「おじゃこ」なんてことも。溢れかえるお店と商品のなか、個性を発揮するにはどうしたらいいものか…。雑踏にもまれながら、途方に暮れてしまうことがあります。そんななか生まれた今回の新商品…。

「『九条ねぎおじゃこ』って、日本中どこを探してもないんじゃない?」

ある日、常連のお客様からかけられた言葉に、思わず拳を握り、レジの下で小さくガッツポーズをした私でありました(笑)。

北区の「しののめ」から独立して5年半。伝統を守りつつも、新しい店ならではの個性を築いていきたい。そう願ってきました。個性とは、決して奇抜なことをするのではなく、小さなチャレンジを積み重ねていくことなんじゃないか。プレッシャーやリスクを恐れない勇気を持ち続けることなんじゃないか…。

「九条ねぎおじゃこ」はそう教えてくれたように思います。それはとりもなおさず、真摯な姿勢でもの作りを続けておられる「こと京都」さんから学んだことでもありました。

この機会にご賞味いただければ幸いです。なお、一度に多くの量を作れませんので、早い時間に売り切れる場合がございます。ご了承の程よろしくお願いします。

クロネコヤマトさんのこと

店のこと

2017年10月09日

「しののめ寺町」の配送はクロネコヤマトさんを利用しています。可愛いクロネコでお馴染みの宅急便。5年半前の開店の折に、親身にお世話いただいて以来のお付き合い。なくてはならない、大切なパートナーです。

配達時間の変更や、料金値上げなど、このところ改定が行われたことは、マスコミでも話題になりました。それに伴い、うちでも見直しを行うことに。なかでも値上げは大きな問題。お客様にさらなるご負担をかけるのは心苦しく、うちにとっても影響が懸念されるところです。

先月来、都道府県ごとに、クール便と消費税も含めての金額を算出しながら、頭を抱えたり、ため息をついたり。それでも、今回のクロネコさんの思い切った改革には、敢えて拍手を送りたい。そんな思いも少し。ひんしゅくを買うかもしれませんが、正直な気持ちを書いてみようと思います。

以前のブログでも書きましたが(ブログお金のこと)、店を始めるまでは「ほぼ専業主婦」だった私。消費者のみの立場でした。日々の買い物は、価値あるものを少しでも安く。余分なサービスがあれば、なお有り難い。要するに得をしたい。ただただ、そう思っていました。店を開いて立場が逆転。売る側になって初めて見えてきたことが、たくさんあります。

店を構え、原料を仕入れて製造。店頭で包装、販売。ご希望なら梱包して発送。そうした日々の作業を支える物や体制、サービス…。こんな小さな店ですが、数えてみると、なんとたくさんあることでしょう。

どれが欠けても成り立たない「しののめ寺町」。その一つが毎夕、集配に来てくださるクロネコさんの働きです。うだる暑さの日は汗だくで、凍える寒さの日は全身に冷気をまとって。今年の夏は、ゲリラ豪雨というのでしょうか、夕方になると決まって大雨という日が続きました。カッパもなにも、もうびしょ濡れ。そんな日も、こんな日も、どんな日だって、なくてはならないクロネコさん!

荷造りしたばかりのおじゃこたちが、台車に取り付けられたクールバッグにしまわれ、集配所へと向かっていく。そのうしろ姿を見送りながら、いつも無事の到着を祈ります。結婚式の引き出物や、誕生日のプレゼントにとご依頼を受けた荷物は、なおさらのこと。

ここ京都の真ん中で、夜の6時頃に預けた荷物が、日本中たいていのところには翌日に、早ければ翌朝に届いてしまうシステム。私は汗もかかず、荷物は新鮮に保たれたまま。有り難いことだなぁと思います。

ネットで注文したものが、自宅に居ながらにして届くシステムもすっかり定着しました。体が不自由な方、時間がない方にはもちろん、誰にとっても、もちろん私にとっても、便利な時代になりました。

まわりを見渡せば、エスカレートする安売り合戦。もろもろ付加されるサービス合戦。あの手この手のアピールが、テレビでチラシで、店の幟で、繰り広げられています。各社、各店、たゆまぬ努力をされていることに驚くばかりです。

少し前までは考えられなかったサービスが次々に生まれ、どんどん便利になっていく世の中。新しいサービスが出来た当初は、便利さを実感するも、やがて慣れて当たり前になっていくのが世の常です。

もはや、そこに労力や費用が掛かっていることに、気づかなくなってしまっているのでは。効率化していく生活のなかで、それらを陰で支える存在があることを忘れてしまっているのでは。そんな不安も少し。

そうした安売り合戦、サービス合戦に疲弊し、中には消えていく会社やお店があるのかも。自分が手に入れた「お得」が、誰かの犠牲と引き換えになっているとしたら。陰で泣いている人がいるとしたら。もはや喜んでばかりはいられません。

自分が享受している物やサービスの向こうには、多くの働きがあること。そこに思いを馳せ、応分の対価を払うことを惜しまない消費者でありたい。厳しい経済環境のなか、なかなかに難しいことですが、そんなことを思うこのごろです。

クロネコさんの今回の改革は、よりよい労働環境、顧客との関係、いろいろなことを配慮しての英断だったと推察します。送料の見直しについて考える時間は、「しののめ寺町」の有り様を考える貴重な機会となりました。

開店から5年半の間に、原材料、包装資材等、もろもろのものが値上がりしてきています。商品の値上げは踏みとどまる一方で、昨年から代引き手数料をお客様にご負担いただくなど、見直しを行ってきているところです。

店にとっての宝は、なんといっても「商品」です。商品を守るためには、付随したサービスについては、個々のお客様でご負担いただくのがいいのではないか。お客様の公平性を保つためにも、その方が好ましいのではないか。そう考えてのことです。

熟慮の結果、クロネコさんの値上げに伴い、10月1日より送料を改定させていただくことといたしました。小さな店を健全に、長く、経営していくためには、身の丈に合った選択をしていくことが大切だと思い至った次第です。

お客様にはご負担なことと存じます。それでも選んでいただける店であれるにはどうしたらいいのか。まだまだ自問の日々ですが、渾身の努力を続けていくつもりでおります。なにとぞご理解のうえ、今後ともよろしくお願い申し上げます。

しののめ寺町

店のこと

2017年05月17日

先日来、お知らせしていますが、3月16日に「しののめ寺町」は5周年を迎えることができました。当日は、思いがけずお花や祝電が届いたり、皆様から「おめでとう!」と声をかけていただいたり、とてもうれしい一日となりました。

そんななか、後日、こんなお祝いをいただきました。写真と見紛うばかりですが、ち密に描かれた絵です。作者は、5周年記念の【山椒まよねーず】でお世話になった「ユーサイド」の部長、深見信次さん。

写実的でありながら、手描きの温かみがあり、寺町通りの賑わいや空気感まで伝わってくるようです。雨風に晒されて染みのできた看板。日に焼けて色褪せた暖簾。店の佇まいが、見事に描かれています。

見慣れたはずの光景なのに、こうして見てみると、とても新鮮。なんだか自分の店であって、自分の店でないみたい。もはや私たちの手を離れ、店が店としてそこに存在しているような。5年は5年なりの風格というのでしょうか。ちょっと圧倒されている私がいます。

10年近く前、東京の美術館で不思議な絵と出会いました。残念ながら画家の名前は忘れてしまったのですが、「自画像」というタイトルだったか。画家である本人が扉を開けると、そこに自分が立っていた、という絵。狼狽している自分とは対照的に、向こうの自分は堂々として…。

この画家は想像ではなく、実体験を描いたんだろうな。絵そのものの記憶はおぼろげなのですが、そう思いながら見入っていたことは、よく覚えています。お祝いにいただいた絵を眺めながら、そんな古い記憶が蘇りました。

店を始める前、当時、寺町二条にあったギャラリーに個展を見に来たことがあります。この界隈に来ることが、あまりなかった私。案内状を頼りに、自宅から自転車で、寺町通りを南へと向かいました。

途中、魅力的な店が立ち並んでいて、なんて素敵な通りだろうと思いながら、自転車を止めては立ち寄り、立ち寄り。目当てのギャラリーになかなか着きません。ようやく個展を見終えた帰りは、反対側の通りの店に、また立ち寄り、立ち寄り…。

最後に立ち寄ったのが、今「しののめ寺町」がある場所の隣の雑貨屋さんでした。出てくると、外は薄暗がり。大慌てで自転車をこぐ羽目に。まさか何年か後に、この通りに店を構えることになるなんて、想像もしないことでした。

5周年と聞いて、「まだ5年 ?  ずっと前からあったような気がするわ」と言ってくださるお客様があります。私も、ふとそんな気がしたりして。

この絵を眺めていると、一見の客として、引き戸を開け、店に入っていってしまいそうな錯覚に陥ります。個展を見に来たあの時、「しののめ寺町」が既にここにあったとしたら…。惹き込まれるように、この店に入り、そうしてそこで、私は私と出会っていたかも。

そんな妄想を掻き立ててくれるこの絵、不思議な力を持った絵だなぁと思います。きっと深見部長が、建物のみならず、そこに漂う全てを描き切ってくださったからでしょう。心を込めて…。

この絵、店内の正面に飾っております。ご来店の折には、ぜひゆっくりご覧になってください。

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