卵を割らなければ、オムレツは食べられない

素敵な女性

2021年09月09日

卵を割らなければ、オムレツは食べられない

先月のこと、行きつけの美容院で雑誌を読んでいて、あるページに書かれた文字に目が留まりました。

卵を割らなければ、オムレツは食べられない

女優の岸惠子さんが最近、自伝を出版されたようで、それはそのタイトルでした。

見た目の美しさはもとより、ご自分の言葉ではっきりとものを仰るところが素敵だなぁと、かねてより敬愛していた女優さんです

その岸惠子さんが自伝のタイトルに選ばれたこの言葉。フランスの格言とのこと。フランス人はこうした例えまでお洒落なんだなぁと感心しつつ、その意味するところの厳しさに衝撃を受けてしまいました。

これって、まさに今の私に必要な言葉じゃないか…。

不思議なことに、必要な時に、必要な言葉に出逢う。それも本を通して…。ということが私にはよくあります。このブログでもずいぶんたくさん書いてきました。(ブログ画家 堀文子さんのこと ブログ自分の中に毒を持て…)

この言葉もまたそうした出逢いに思えてならず、早速、本を購入しました。

割れた鏡に映るような、美しくも険しい表情の著者の写真。そこに添えられた、卵を割らなければ、オムレツは食べられない という言葉。

なにか挑発されているみたいな緊張感の漂う表紙です。これは腰を据えて一気に読みたいと思い、しばしお預けに。先だっての夏休みに読み上げることができました。

類まれな美貌と才能、際立つ個性。戦争体験はじめ、いくたの危機を果敢に乗り越えてこられた精神力と行動力。いったい何人分かと思うくらい波乱万丈の人生です。

私などには想像もつかないことですが、それでも想像するに…。その原動力となったのは覚悟だったのではないでしょうか。覚悟の決まった人の持つ、揺るぎない強さが、全編に貫かれているように思いました。

実はその時、私は覚悟が定まらないまま、ちょっと混乱の中にいました。

岸惠子さんはどうして、かくも強い覚悟を決めてこられたのか。興味深く読みながら感じたのは、どのページにも溢れる自信でした。

日本人にありがちな無用な謙遜など一切せず、ご自身を常に正当に評価されています。気持ちいいくらいに。自分の力を信じられる人が、覚悟を決められる…。

私が覚悟を決められないわけがわかりました。私は、ずっと自分を信じられずにいました。いつも心をかすめるのは、自分はダメなんじゃないか、おかしいんじゃないか、そんな自信のないことばかり。これでは覚悟を決められるはずがありません。

私は自分で作ったオムレツを食べてみたいと思っています。不格好でも、たどたどしくても、ほかの誰でもない、自分で作ったオムレツを食べてみたい。

そのためにはまず自分を信じなければいけないと気づかされました。ちょっと妙ちくりんな私だけれど、そんな自分を信じられた時に、初めて卵を割る勇気が湧いてくるのだと。

卵を割らなければ、オムレツは食べられない

最初にこの言葉を見た時、「おまえに覚悟はあるか?」と問われた気がしました。鋭いなにかを突き付けられたような迫力で。読み終えて、まさに核心を突かれていたんだと驚いています。

覚悟が決まったのかどうか、まだまだ危なっかしいところですが、混乱からは抜け出せたもよう。ちょっと新境地の気分も…。

はてさて、この先の人生、店作りにどう反映していきますか。これまで同様おおらかに見守ってくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

今の私に必要な言葉をもたらしてくれた今回の一冊。著者の岸惠子さんに心から感謝です。

やゑのさんのこと

素敵な女性

2021年08月09日

やゑのおばあさん

いつか書けるかな、書けたらいいな、と思っていたこと。書いてみます。

私は京都の中心部、その中でも下町の雰囲気漂うあたりで生まれました。苗字はたいていは父方の実家と同じ、でなければ母方の実家と同じだと思うのですが。うちは父方とも、母方とも違っていて、子供の頃、それがとても不思議でした。

自宅の仏壇には、高齢の女性の遺影が置かれていました。かつて一緒に住んでいて、私が幼い頃に亡くなったおばあさんです。そのひとの苗字を名乗っているんだろうとまでは想像がつきますが、なぜ、そのひとなのか…。

知りたければ両親に聞けばいいのに、触れてはいけないことのような気がして聞けない。私はそんな子供でした。

ほどなくその家から引っ越し、成長して新しい実家からも独立し、長い間すっかり忘れていました。

自分のルーツを知りたくなる年齢というのがあるのでしょうか。相当おとなになってから、このおばあさんのことがとても気にかかるようになりました。

彼女が亡くなったのは、どうやら私が3歳の時のよう。なので、ほとんど記憶がありません。それでも記憶を辿ると、その底の底に浮かぶ映像があります。

夏の夜、おばあさんとふたり、蚊帳のなか。そこで交わした言葉も、その声も鮮明に覚えています。

それが現実だったのか、私のイメージの中で作り替えられたものなのか。確かめる術もありませんが、大切にしている記憶です。

もう一度会いたい。会って、幼い日のようにそのかいなに抱かれたい。そんな思いが膨らみ、幽霊でもいいから出てきてほしい、なんて願うほどになりました。

そして、子供の頃に聞けなかったことを、やっと父に尋ねてみることにしました。

名前はやゑのさん。子供がなく、ご主人に先立たれてからは、自宅で小さな下駄屋を営みながら一人暮らしをしていたとのこと。子だくさんが当たり前の時代、さぞや寂しかったろうと思うのですが…。

おおらかで、世話好きな性格だったのでしょう。地域のひとたちとの交流も多く、民生委員もしていたとのこと。たくさんの人に慕われ、自宅が若い人たちの溜まり場になることもあったとか。

まだ独身だった父も、そんな一人として出入りするようになったようです。当時としては婚期を過ぎていた父の身を案じ、縁談を持ちかけ、よければうちの二階に住みなさいとまで提案し。その縁談の相手というのが母でした。

そんな人柄に、両親の親たちも信頼を寄せ、次男だった父は、結婚を機に夫婦で養子に入るということに相成ったようです。

そこに兄が生まれ、私が生まれ…。人目にはふつうの三世代同居に見えたことでしょう。

まさか晩年にこんな暮らしが待っているとは思ってもいなかったはず。実の祖母以上に、私たちを可愛がってくれたのではと思います。なのに申し訳なくも、私は彼女のことをなんて呼んでいたかも覚えていません。

なので、私の中では「やゑのさん」…。

やゑのさんのことをもっと知りたくなり、3歳上の兄にも尋ねてみたことがあります。するとこんな話をしてくれました。

やゑのさんが亡くなった通夜の日、私たちきょうだいは二階で寝かされていました。幼い私はすぐに寝てしまったようですが、兄はなかなか寝つけずにいたとのこと。

というのも、階下で多くの人が出入りし、そして歌い踊るような気配が夜遅くまで続いたというのです。兄はその時はわからなかったけれど、のちにその歌が朝鮮民謡「アリラン」だったと知ることに。

やゑのおばあさんは愛知が出自の日本人ですが、当時、私たちが住んでいたあたりには在日の方も多かったようです。ご近所さんとして、あるいは民生委員としてお世話するなかで、親しくなるひともいたのでしょう。

「アリラン」は確か中学の音楽で習いました。初めて聴いた時、なんともいえない郷愁を感じたことを覚えています。

「アリラン」が通夜の席で歌われる歌なのか、私にはわかりません。が、その切ない調べは、愛しい人の死を悼み、あの世に送るのにふさわしい歌のように思います。

やゑのさんを慕う在日の方たちが、思いを込めて歌ってくださったのでしょう。私自身は見ても聴いてもいないのに、映画のワンシーンのようにありありと浮かぶ光景…。今でも思い出すたびに、胸がきゅうっと締め付けられる思いがします。

このエピソード一つで、やゑのさんがどんな生き方をしてきた人なのかわかった気がしました。世の中がまだ貧しく、あからさまな差別もあったであろう時代に、地縁血縁を超えて、誰に対しても分け隔てなく寄り添って生きた一人の女性…。

いつからか、やゑのさんは私の永遠の憧れとなりました。

実は先だって父が亡くなり、遺品整理をするなかで古いアルバムが数冊出てきました。その中にやゑのさんの生前の姿がたくさん収められていました。

ご自身の親族はもとより、私の父方、母方、それぞれの両親とも親密に交流していた様子が写されています。着物に割烹着で、地域のお祭りで立ち働く姿なども。

どの写真もやゑのさんは柔和な笑顔で、そのまわりにはいつも和やかな空気が漂っています。

やゑのさんは、ひとや場をつなぐことが、とても上手な人だったんだなぁ。そして、まわりの幸せを、自分の幸せとして感じられる人だったんだなぁ。

そうやってつながれた縁の一つで、私がこの世に生を受けたんだと、改めて思い知ることとなりました。

もっと長生きしてほしかった。そうすれば、私の人生も少し違うものになっていたのではと残念でなりません。

けれど、3年の間に、やゑのさんは幼い私に自分の持てる全てを注ぎ込んでくれたんだ。今はそう信じたいと思います。

たおやかで、それでいて凛とした強さのある佇まい。私は彼女のようになりたい。時代も環境も違うけれど、彼女のような生き方をお手本としたい。そんな思いを強くした今年の夏。

そのために、私はなにができるだろう…。

やゑのさん、空の上からずっと見守っていてくださいね。

フードコーディネーター紗矢香さん

店のこと

2021年07月08日

大澤紗矢香さん

既にご覧くださっているお客様もいらっしゃるでしょうか? このホームページ内、おじゃこを使ったレシピをリニューアルしております。

大手食品会社の商品のパッケージに「レシピはこちらから」などと書かれたQRコードが印刷されているのを見かけることがあります。 スマホをかざすと、その商品を使った料理の作り方を見ることができる仕組みです。

意外な使い方を提案すれば新たな顧客を開拓でき、買った人も目新しい料理を楽しめる。 売る側にとっても買う側にとってもうれしいことですね。

大きな会社では専門チームがあり、たゆまぬ努力をされているんだろうなぁと想像します。

大それたことはできないけれど、うちでもこんなことができないかと、かねてから考えていました。

おじゃこはあたたかいご飯にかけるのが一番ですが、ほかにも色々な使い方ができます。 そんなレシピを店頭やSNSで発信したい。 

私一人の力ではとても無理だけれど、フードコーディネーターさんがいてくださったら実現できるんじゃないか。 いつからか私の夢となりました。

前回のブログで書きましたが、昨年末から今年はじめにかけて、会員である中小企業家同友会の「実践塾」を受講。経営理念の成文化に取り組みました。 (ブログ経営理念

この夢についても、その過程で何度となく口にし、紙に書き出していました。

言葉にすると叶う。 とはよく言いますが、たちまち叶ってしまった次第。 まさに実践塾マジック! 私自身が一番ビックリしています。

改めましてご紹介します。 フードコーディネーター、大澤紗矢香さん。 SB食品のコンテストで2年連続グランプリを受賞されたという実力者。願ってもないご縁です。

早速に提出いただいたレシピは、初回から驚きの連続でした。 とにかく写真がお上手で、料理がまるでそこにあるかのように美味しそう。 テーブルセッティングもお洒落で、食卓の語らいまで聞こえてくるような。

一眼レフのカメラで撮影されているとのこと。 本格的です。

作り方を見ると、食材も手順も少なく、簡単に作れそうなものばかり。 添えられたコメントには、その料理への愛が感じられ、いつも今夜にも作ってみたい思いに駆られます。

そして作ってみると、本当にどれも美味しい! しかも栄養バランスも優れていてヘルシー。

なにより感心するのは、あくまでも、おじゃこを引き立てる料理であることを第一に考えてくださっていることです。

肉料理、野菜料理、和風、洋風、エスニック…。 バラエティに富んだ味付けながら、どれもおじゃこの持ち味が生かされていて、おじゃこだからこそ生まれた味わいが、しみじみと感じられます。

そこに行き着くまでに、どれだけの試行錯誤があったろうとお察ししますが、その過程がまた楽しいと仰る紗矢香さん。 常に研究熱心で、仕事に向かわれる時の謙虚で真摯な姿勢に、いつも頭が下がります。

そのレシピ、料理初心者の方でも迷ったり思い違いが生じないよう、とても丁寧に説明されています。 小説は行間を読むと言いますが、紗矢香さんの文章も然り。 これから作ろうとする人への配慮や思いやりが行間いっぱいに溢れているのが読み取れます。

そんな丁寧な説明も、SNSに載せる際には字数の関係もあり省略してしまうことがあるのが、心苦しいところです。

というわけで、【勝手に命名フードコーディネーター紗矢香さんの素敵☆おじゃこレシピ】と銘打ってインスタグラムやフェイスブックでも発信しています。

これらのお料理、もちろん「しののめ寺町」のじゃこ山椒で作っていただいています。 小ぶりで柔らかく、あっさり薄味のうちのおじゃこだからこそ、いろいろな食材とよく馴染むんだなぁと思います。

うちのおじゃこでレシピ通り忠実に作っていただければ間違いありませんが、必ずしもそうでなくてもいいと思っています。 よそのお気に入りの店のものでも、ご自身で炊かれたものでも。 とりあえず試してくださることが一番です。

ただ、口当たりや味の具合は変わると思いますので、そのあたりはそれぞれに調整されてはと思います。 紗矢香さんのレシピをヒントに、その方だけのオリジナルレシピが生まれるのも、またいいですね。

長年「ほぼ専業主婦」だった私。 手の込んだものもなんのその。 毎日テーブルいっぱいに料理を作ってきました。 それも今は昔。 店を始めてからはとにかく単調な手抜き料理の繰り返し。

姿を消したレパートリーは数え切れない一方で、新しいレパートリーを開拓する気など毛頭なく。

それが紗矢香さんのレシピに出会ってからは、初めての料理にトライするのが楽しくって仕方なくなりました。

ある時、ハンドミキサーが必要なレシピがありました。 お菓子作りなどしなくなって何十年。 道具一式を段ボールに詰めて高い棚のその奥にしまいこんでいたのですが… 。

踏み台に乗って取り出し、久し振りに日の目を見たハンドミキサー。動くかと心配しましたが、ちゃんと動いてくれました。 なんだか誇らしそうなハンドミキサーを眺め、私もうれしい気持ちに。仕上がった料理も、とっても美味しいものでした。

長引くコロナ禍のみならず、なにかと閉塞感いっぱいの今。紗矢香さんのレシピは、私の大きな癒しになっています。クリエイティブなことって、やっぱり楽しい!

こうした思いも一緒に多くの方に届けられたら、と思うのですが。まだまだうまくお伝えし切れていないのが歯がゆいところです。

うちが超有名店なら出版のお話が舞い込んでもおかしくないかも、なんて思ったりします。「〇〇の料理帖」みたいなタイトルで、装丁まで目に浮かぶよう(笑)。

全レシピが、じゃこ山椒を使った料理本って、これまでにあったでしょうか。どのページをめくってもおじゃこ尽くし、なんて本。京都らしくっていいと思うのですが。

家族の団らんでも、一人暮らしの食卓でも、小さなお子様からご高齢の方まで、さまざまな生活場面で活用していただけるおじゃこレシピ満載の一冊。おじゃこの可能性を広げ、食の楽しさを届けられる。そういう本ができたらいいなぁ。

紗矢香さんの素敵なレシピを眺めながら、そんな夢がふくらむこのごろです。

引き出しをいっぱいお持ちの紗矢香さん。まだまだ新しいレシピが生まれていく予定です。一人でも多くの方に知っていただけるよう、私も努めていきたいと思っています。

インスタグラムのアカウントはshinonome_teramatiです。ご覧になれる方は、ぜひフォローをよろしくお願いします!

経営理念

店のこと

2021年05月30日

経営理念

今回はなんとも堅いタイトルになりました。といいましても、この私に難しいことなど書けるはずがありません(!)。どれどれ? って感じでお付き合い願えたらと思います。

以前にこのブログでも書きましたが、縁あって中小企業家同友会という会に所属させていただいています(ブログ中小企業家同友会)。

中小企業と一口に言いいましても、一人でされている方から、多くの社員を抱えておられるところまで。業種や形態も実にさまざまです。

ただ一つ共通点があるとしたら、誰もが懸命に事業に取り組んでおられることでしょうか。

その片隅でひっそりお話を伺えればいい。そう思って入会したのですが…。

ここでは規模や年商、年齢や経験に関係なく、一人の会員として誰もが平等に尊重される。そのことにまず驚きました。

以来、店の運営をしていくうえで、常によりどころとしてきた場所。気づけば7年になります。

事業を継続、発展させていくうえで、経営理念は欠かせないものとよく聞きます。全社員が力を結集して迷うことなく進んでいくための道しるべのようなもの、とか。

経営理念のある企業は、ない企業に比べ、業績がすぐれているというデータまであるそうです。

中小企業家同友会でも経営理念はとても大切なものと位置づけられています。というわけで、まだない会員には、先輩会員がサポーターとなって成文化まで漕ぎつける。という活動が伝統的に行われています。

年に一度、半年ほどかけて行われるプログラム。その名も「実践塾」です。

気になりながらも、なんだか難しそう。営業時間と重なることもあり、これまで踏み切れずにいました。

けれど潜在的な経営課題に加え、想定外のコロナ禍の襲来。今こそ、との思いで、昨年秋から始まる実践塾に参加することを決意しました。

小グループに分かれて進められていくのですが、初回の顔合わせからビックリ。家族でもないのに、友達でもないのに、どうしてここまで一生懸命になってくださるのかと。

事業を続けることの難しさと喜び。そのどちらをも、よくよくご存じの皆さんだからこその熱い思いなのでしょう。

これはもう、私も真剣に応えなければいけない。そう覚悟を決めてスタートしました。

長年にわたって練られてきたカリキュラムは、私などが言うのも失礼なことですが、それはよくできたものでした。毎回、与えられる課題は、様々な切り口から自社を分析し、考えを深めていけるよう組み立てられています。

まずは自分史から。誕生から今日までを振り返るなかで、自分が大切にしてきたことが、改めて浮き彫りになっていきます。かけ離れているようで、経営の基本はここにあるのだと再認識させられる課題です。

以降も、個として、あるいは社会的なものとして、自分や自社の存在意義を考えたり。夢を膨らませる一方で、電卓叩いてひたすら現実を直視したり。

さまざまな次元、時間軸を行きつ戻りつ。頭を打ってまた振り出しに…。

そして最後は、自分はどう生きたいのか。そのための事業のあり方はどういうものなのか、との問いにとことん向き合うことになります。

事業の数だけドラマがあるんだなぁ。

もともとあった店から独立という形でスタートした「しののめ寺町」。正直、既に軌道に乗っているものを、そのまま持ってくればいいのだと、安易な気持ちがあったことは否めません。

現実はそんな甘いものではないばかりか、独立だからこその難しさと葛藤。そうしたことを今一度、整理したい。実践塾に参加を決めた一番の目的は、これでした。

 

変えていいこと。

変えてはいけないこと。

変えなければいけないこと。

 

創業者の思い。

自分たちの思い。

お客様の思い。

 

一筋縄ではいかない難しい作業。私自身はもとより、それに付き合ってくださるサポーターさんもまた大変なことだったと思います。親身に寄り添うほどに、苦言を呈さなければいけないことが出てくるわけですから。

自分では気づかないこと。気づきながらもそのままにしてきたこと。痛いところを鋭く指摘され、たじたじとすることしばしば。

そんな真剣勝負のやり取りを繰り返し、最後の最後、取り散らかっていたジグソーパズルの残りの一片がパチンとはまった気がしました。

そして10項目にわたって取りまとめた経営指針書が、今年の春に完成しました。その中の最重要項目、経営理念を以下の五つとしました。

 

手作りの伝統の味を守ります。

食べることの楽しさと幸せを届けます。

調和ある職場環境を整えます。

地域に根差し、地域と共に発展するよう努めます。

誰もが尊重される世の中になるよう貢献します。

 

未熟ながら、納得して決めたことです。が、実践するのはどれも難しい。本当に難しい。はたして私たちにやっていけるんだろうか。自問自答のこのごろ…。

今年は、自分を試す年、試される年になりそうです。

サポーターさんはじめ、ここまで支えてくださった多くの同友会会員ならびに職員の皆様には、感謝の思いでいっぱいです。

事業を行うものとしてだけでなく、人として、この会に出会えてよかった!

そんなこんなの「しののめ寺町」ですが、どうぞこれからも温かく見守ってくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

写真家 ソールライター

アートなこと

2021年05月13日

写真家ソールライター

3月のことになりますが、かねてから観たいと思っていた写真家ソールライターの展覧会に出かけてきました。

スナップ写真というのでしょうか、彼の住むニューヨークの街中の風景。そこで繰り広げられる普通の人々の日常の姿。なんでもない場面なのに、その構図や色彩のバランスが絶妙で、まるで絵画のよう。

被写体となった人物は、まっすぐこちらを見据えているものもあれば、うしろ姿だったり、なかには足首から下だけなんてものも。見え方は様々ですが、その佇まいにそのひととなりが如実に現れています。

一瞬を切り取った一枚一枚の写真に、一人一人のストーリーが込められているよう。あれこれ想像を掻き立てられる、とてもドラマチックな展覧会でした。

普通の人が絵になる写真といえば、ドアノーもそうでした(ブログ写真家 ロベール・ドアノー。こちらはパリが舞台。それぞれの街の持つにおいと相まって、どちらも素敵です。

こうした作品を観るにつけ、人の佇まいってほんと不思議だなぁと思います。なにも語らずとも、その人を雄弁に語ってしまう。

それは姿形の美醜や、身に着けているものの価値に左右されるものでは決してなく、その人そのものから醸し出されるもの。これまでの日々の過ごし方やあり方が、そのまま現れてしまうもの。

写真家の技術と感性がアートにまで引き上げてしまうのですから、奥深いものなのだと思います。

何年か前に、ラジオのパーソナリティ佐藤弘樹さんの講演を拝聴したことがあります。関西の方は一度は耳にされたことがあるのではないでしょうか。それはそれは素敵なお声で、紳士的な話しっぷりとダンディな佇まいが印象的な方。生放送の番組を長年、担当されていたようです。

その講演のなかで、こんなお話をされていたのが印象的でした。

ちょっとした失言で放送界を去る人があるなか、なぜ佐藤さんはそうしたことがなく、今日まで続けてこられたのかと尋ねられることがあるのだとか。

そのお答えが…。そもそも失言につながるようなことを思っていない、とのことでした。つまりはマイクの前に立つその時だけでなく、普段が大事。普段思っていること、していることが、そのまま生放送に表れるのだと。

なるほど、と唸る思いでした。

店での接客も同じことだなぁと、耳の痛い思いで聞いていましたが、それからほどなくのこと、佐藤さんの訃報が新聞に…。信じられない思いでした。

あの講演の時は、既に闘病中だったと想像されます。けれど、そんなことを全く感じさせない、いつもと変わらない語り口と立ち居振る舞い。

普段が大事…。まさに話されていたことを身をもって実証されていたんだと、改めて胸打たれる思いがしました。

またある時、たまたま見ていたテレビの情報番組でのこと。女性の下着がテーマのコーナーに、東京の老舗デパートの下着売り場を勤め上げたという女性が登場。ご高齢ながら、しゃんとした美しさに、思わず画面に見入ってしまいました。

なんでも自分の体にぴったり合った、自分が素敵と思える下着を常に身に着けて暮らすことが大切とのこと。それが自信となって、思わず知らず外見に表れるのだと、熱く語っておられました。

普段なにげなく着けている下着がそこまで影響力を持つものかと、ちょっと信じ難い思いも。けれど、その女性のオーラさえ発せられるエレガントな佇まいに、納得せずにはいられなかったことを覚えています。

ソールライターの写真を眺めながら、ふと思い出した二つのエピソード。唐突なようですが、普段の有り様が、そのまま素敵な佇まいとなって表れたお手本として記憶していたのだと思います。

まさに絵になるお二人。ソールライターなら、どんなふうに撮ったでしょう。素敵な写真が目に浮かぶようです。

京都は緊急事態宣言が5月末まで延長となりました。厳しい状況がまだまだ続きますが、今ある普段を大切に、一日一日を過ごしていくしかありません。それが未来の私の佇まいとなっていく。そう肝に銘じて…。

皆様もどうぞお気をつけてお過ごしください。

しののめ寺町 公式オンラインショップ

ONLINE SHOP

お得な平袋から数量限定の季節商品、箱入り贈答用まで 取り扱い

トップへ戻る