又兵衛桜
アートなこと
2012年04月13日
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春爛漫、店の近く、裁判所まわりのしだれ桜が満開です。
今年は名所のお花見は行けそうにありませんが、こんな春もいいかなと…。
去年はどうしていたっけと考え、思い出しました。奈良県宇陀市の又兵衛桜を見に行ったんでした。
去年1月に、画家小泉淳作氏の展覧会が京都でありました。86歳で完成させたという奈良東大寺本坊の襖絵完成記念ということでした。満開の桜が描かれた襖絵があまりに素晴らしく、そのモデルとなったのが又兵衛桜と知り、どうしても見たくなったんです。
電車とバスに徒歩と、かなり辺鄙な場所でしたが、着いてみると、生憎つぼみは固いまま。それでも京都の観光地で愛でる桜と違い、孤高の姿に胸打たれるものがありました。枝の目立つ木に、襖絵の満開の花びらを重ね合わせて想像してみるのも一興でした。
氏は京都の知人から送ってもらう野菜を写生するのが常だったようですが、氏の描く野菜は驚くほど生命力に満ち溢れています。
86歳にして大仕事を終えたあとの氏の言葉。
「あとは今までと同じ、冬になれば蕪を見つめ、夏になれば茄子を見つめる生活に戻るだけである」
今年1月、88歳で亡くなられました。
あっぱれな人生に感服です。
仲村先生
店のこと
2012年04月09日
突然ですが、どうも私は霊感が強いようです。
霊が見えるとか、金縛りにあうとかではなく、なんとなく気配を感じる、というやつです。気のせいと言われればそれまでですが…。
今回の起業に当たり、あまりに怖くて不安で、神様仏様にとどまらず、空といい大地といい、目に付くもの全てに手を合わせてきたように思います。
そんななか、今は亡き縁あった方の顔が浮かぶことがありました。
仲村先生もそのお一人です。
夫は大学時代、D大学のソフトテニス部に在籍していたのですが、仲村先生はD大学の先生であり、部の監督、そして私たちの仲人さんです。
残念ながら三年前に他界されましたが、存命中はひとかたならぬお世話になりました。三人の娘さんがおられましたが、厚かましくも私も娘の一人のような気でいたものです。
今回、D大学ソフトテニス部関係の皆様には絶大なご支援をいただいています。
私は密かに、仲村先生が空の上から号令を掛けてくださっているに違いないと確信しています。なにしろ監督ですから…。
先生がお元気だったら、なんて仰ったでしょう。
きっと、なにも言わず、ただ目を細めて笑っておられるんじゃないかな、そんな気がしています。
サクラサク
店のこと
2012年04月02日
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開店祝いにと本当にたくさんのお花をいただきました。
一生分、いえ、来世、来々世分…、それでもあり余るほどのお花で、ありがたいかぎりです。
生花のアレンジメントは枯れ始め、胡蝶蘭などの鉢植えのものだけになりましたが、まだまだ店内花盛りです。
なかでも苔玉の桜が、今満開で、お客様の目を惹いています。
粋な贈り物の主は、先斗町の居酒屋さんです。
夫が独立するか留まるか五分五分のとき、たまたま府民新聞で「起業家セミナー受講生募集」の記事を見つけました。無駄に終わるかもしれないと思いながらも、もしもの時に備え応募。結果、講師の先生方、40人近い受講生たちから、大きな助けをいただくことになりました。
桜の贈り主さんはこのときの仲間です。
年齢、性別、分野と様々ですが、皆一様に前向きで、ユニークで、起業に伴うリスクよりも、醍醐味を楽しんでいる様子。それぞれ心に一輪の桜のつぼみを抱いているような、夢いっぱいの人たちでした。
開店はしましたが、まだまだこれから。本当のサクラサクを目指して精進していく所存です。
涙のご対面
お友達のこと
2012年04月01日
開店以来、連日、知人がだれかれと訪ねてくださっています。なかには何十年ぶりという方もあり、うれしいサプライズが続いています。
先日は、独身時代に勤務していた会社の同期が来てくれました。
玄関を入ってきたときから涙目で、花粉症かと思いきや、
「ブログを読んでいたら、らしいなって、うるうるきて…」と彼女。
私も緊張の糸がゆるみ、うるうる。
レジ下のティッシュを二枚抜き取り、二人で分け合いました。
その彼女、若くして大きな織物会社の跡取りさんと結婚。ご主人のご両親、従業員さんと、職住一緒の生活。仕事のサポートから介護まで、見事にこなしてきました。一度として愚痴めいたことを聞いたことがなく、いつ会っても笑顔をたたえていて、改めて頭が下がります。
正直なのが私の長所であり、短所でもありますが、大変なのを「大変や、大変や」と言うのも能がないなと、反省しきり。
開店までの大変だった(まだ言ってる)日々も、そろそろ思い出箱にしまって、これからは地に足着いた生活をしていきたいと思います。
今まで嘆き節を聞いてくださった皆様、ありがとうございました。
佐藤初女さんのこと
素敵な女性
2012年03月29日
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ブログを読んだ知人が口々に、「体調、大丈夫?」と聞いてくれます。
ご心配をおかけし申し訳ありません。
忙しさとプレッシャーで、食事がおろそかになっていたせいもあるのでしょう。
生活が少し落ち着いてきたこのごろ、手抜きながらも三食きちんと食べるようになり、体力気力ともに回復してきました。
改めて、食事の大切さを痛感しています。
そこで、数日前のブログ「さよなら 寝台特急 日本海」で触れた佐藤初女さんのことを是非書かねばと思い出しました。
初女さんは弘前在住の90歳(多分)の女性です。
もとは染色を指導されていたのですが、その人柄を頼って多くの人が悩みの相談に訪れるようになりました。そのたびに初女さんはただ話に耳を傾け、ありあわせの食材で料理を作り、食事を共にされていたようです。
険しい表情だった人が、最後には穏やかな表情になって帰っていかれる、その様を見て、「食は命」と実感されるに至ります。
評判が評判を呼び、自宅では手狭になり、岩木山の麓の雄大な自然の中に、宿泊施設「森のイスキア」を建てられ、数名のスタッフの方と共に、全国からやってくるお客様をもてなされています。
どうしても初女さんの作られたお料理を食べてみたくて、3年前に訪れました。
そのときいただいた心づくしのお料理は本当に美味しく、今でも忘れ難い体験です。
「食が進むわ」と、お客様がじゃこ山椒を買い求めてくださるのを見るにつけ、私も食にかかわる仕事に就いたのだと実感する毎日です。初女さんのようにはいきませんが、私もお客様との語らいを大切に、ささやかながら豊かな食を提供するお手伝いを出来たらと思います。
「森のイスキア」の昼食
おむすびは初女さんの代名詞