宮古島 農家民宿 津嘉山荘

素敵な女性

2014年02月16日

厳しい寒さが続きます。2月のこの時期になると蘇る思い出があります。3年前のちょうど今頃、沖縄の宮古島へ一人旅をしました。「しののめ寺町」開店の一年前、そんなことになるとは想像だにしていなかった時です。


真冬に? 一人で? なんで宮古島?


ユタに会いに…。

これまでにも増して驚かれたでしょうか。ユタというのは女性のシャーマン(民間霊媒師)で、沖縄では生活に根差した存在です。当時、まわりからはいつも元気そうやねと言われながら、心の中は閉塞感でいっぱいいっぱいだった私。ただ誰かにそっと背中を押してほしかった。それがユタ…というのは、やっぱり変わっているかもしれません(笑)。

宮古島はスピリチュアルな島といわれています。どこもかしこも絵になる風景で、出会った方々は誰も彼もユニーク、摩訶不思議なエピソードが満載の不思議な旅でした。私に才能があれば、まちがいなく一本の映画が作れたと思います。

生憎その才能を持ち合わせていない私は、いらぬ誤解をされるのも怖く、うまく表現できないまま、ひとり心の中であたためてきました。どこまでお伝えできるか自信はありませんが、そろそろ表現してみようと思うようになりました。まずはお宿から…。

宿泊先をインターネットで検索していて見つけたのが、「農家民宿 津嘉山荘」。宮古島はトライアスロンが行われる土地で、選手のあいだでは有名なお宿のようです。アットホームな雰囲気、心づくしの手料理、そして名物おかみ千代さんの圧倒的存在感! 豪華なリゾートホテルも気楽なビジネスホテルも適わない魅力に、即決しました。

千代さんとの出会いは衝撃的でした。 出会ってわずかばかりの会話を交わしただけの私を、突然がばと抱きしめてくださったんです。しかも目に涙を浮かべて。なにが起こったかわからないくらい驚きました。そのころ泣くこともなくなって久しかった私ですが、思わず泣いてしまいました。

これが会ってほんの数分後のこと。心が触れ合うって、こういうことなんだと思いました。

朝夕の食事時、宿泊客は母屋の広間に集まります。部屋には仏壇や神棚、ご先祖の写真が飾られています。大きなお膳を囲むと、知らない同士もたちまち打ち解け、旧知の友人か親戚のよう。しばしば箸が止まるほど話が盛り上がり、笑い声が上がります。ひときわ大きな笑い声が千代さん。

供されるのは、千代さんのご主人が育てられた野菜を使った手料理の数々です。カリフラワー、ニラ、トマト…、どの野菜も力強い。ウミブドウ、ゆし豆腐、ゴーヤーチャンプルー…、ひとつひとつの料理がエネルギーに満ちている。そして名物は千代さんが農林水産大臣賞を受賞したというラフテー(豚バラの角煮)。柔らかくって、それはそれは美味しかった。

京都に帰る日の朝食後、誰もいなくなった広間で千代さんと二人きり、ゆっくり過ごす時間を持てました。千代さんはご自身の波乱万丈の人生を重ね合わせながら、いろいろな話をしてくれました。そして言いました。力を込めて、何度も、何度も。

「先のことはわからないよ。先のことはわからない」

先にはきっといいことがあるよ、きっとある。そう言ってくれているように聞こえました。千代さんが言うんだからそうかもしれない、その言葉をお土産に帰ってきました。気づけば思いもよらなかった「しののめ寺町」開店という事態に。千代さんの言葉の通りでした。

このブログで以前、青森の佐藤初女さんのことを書きました(佐藤初女さんのこと佐藤初女さんのこと2)。ふるさとがないと嘆いている私ですが(ふるさと)、北には初女さんの「森のイスキア」が、南には千代さんの「農家民宿 津嘉山荘」が、素晴らしいふるさとがふたつもありました。中間の京都で暮らしながら、左右の両手をしっかり握られ、支えられているようです。

今につながる予言的な言葉や力をたくさん授かった旅でした。まだまだ途上、その意味を理解するには時間がかかりそうです。折り合いのついたことから少しずつお伝えしていけたらと思います。

いいね!

店のこと

2014年02月08日

前回のブログJupiter2で書きましたが、誕生日に「もう一人の自分」に支えられていると実感できたことは大きな出来事でした。

 

そうはいっても、やっぱり…、ふだんは誰かに支えていてもらいたいものです(笑)。「もう一人の自分」は最後の砦に残しておくとして。前回のブログと一転の軟弱ぶりですが(汗)。

 

私ってちょっと変わっているのでは、と思うことがよくあります。世の中にまかり通っていることに、どうしても馴染めなかったり。逆に、見過ごされていることが気になって仕方なかったり。

 

それは私の感じ方、考え方がひとと違っているから、私が変だから。変じゃないまでも少数派だとしたら、多数派にはかなわない。むやみに人に話すのはよそう。いつからか、そう思うようになってしまいました。

 

承認の欲求…でしたっけ、誰しも自分の思いを伝え、そして認められたいという願望があるといいます。私もそんな場や方法を探してきました。けれど、うまく見つけられずにいました。

 

「しののめ寺町」開店にあたり、今の時代、WEB対応は必須と聞き、ホームページとfacebookページを始めました。自作ですのでずいぶん苦労しました。「しののめ寺町」という店をどうやって伝えていけばいいのか。模索しながら、更新に努めてきました。

 

同時に始めたブログも、ちょうど2年になります。自分でも変なことを書いているなぁ、お客様に引かれてしまうかもなぁと思いながら、それでも正直な思いを書いてきました。

 

気づけば私のかけがえのない発信の場に。店を伝えているつもりが、とりもなおさず自分自身を伝えていました。店と人は一体ですから、当然といえば当然かもしれません。

 

多くの方に読んでいただいているようで、近頃ではたくさんの「いいね!」を頂戴することも。一番驚いているのは私自身です。

 

こんな私で、いいんでしょうか? 

こんな変な私で…。

 

「いいね!」を見るたびに、どこかの誰かに認められていること、支えられていることを実感します。店を持つという貴重な体験と共に、かけがえのない場を得られたことを、とても幸せに思っています。

 

こんな私でも、いいのかも…?

 

妙ちくりんな私ですが、いつも温かく見守ってくださっている皆様、ありがとうございます。これからもたくさん学び、感じ、そして発信していきたいと思います。よろしかったら、また「いいね!」を(笑)。

Jupiter 2

心と体のこと

2014年01月30日

私事で恐縮ですが、1月は私の生まれ月でした。誕生日がうれしい年齢などとうに過ぎていますが、それでも誕生日の朝はなにか特別な気がするものです。元日の朝とはまた違った、すがしい気分というのでしょうか。

店に出かける前、家事をしながらの慌ただしい時間ではありますが、ちょっと音楽でも聴いてみようかと、平原綾香さんのCDをかけてみました。

昨年のブログJupiterでも書いていますが、開店以来、地下鉄を降り店まで歩く道すがら、よく口ずさんできた歌です。押しつぶされそうな不安にさいなまれる時、幾度となく励まされてきました。

この歌、そのときどきで解釈が微妙に変わるのですが、この朝、これまでにないとても新鮮な感覚に打たれました。私が歌っているつもりだったこの歌、実は誰かが私のために歌ってくれていたんじゃないかと…。

それは天上にいるもう一人の自分に思えました。地上に遣わされた私をいつも見守り、愛し、寄り添ってくれている、大いなるもう一人の自分。そんなもう一人の私からの歌声に聞こえたんです。

またまた怪しいことを書いてしまいました(笑)。歌詞を紹介します。

 

Jupiter          作詞 吉元由美 

 

   Everyday I listen to my heart

   ひとりじゃない

   深い胸の奥で つながってる

   果てしない時を越えて 輝く星が

   出会えた奇跡 教えてくれる

   Everyday I listen to my heart

   ひとりじゃない

   この宇宙(そら)の御胸(みむね)に 抱かれて

 

   私のこの両手で 何ができるの

   痛みに触れさせて そっと目を閉じて

   夢を失うよりも 悲しいことは

   自分を信じてあげられないこと

   愛を学ぶために 孤独があるなら

   意味のないことなど 起こりはしない

 

   心の静寂(しじま)に 耳をすまして

 

   私を呼んだなら どこへでも行くわ

   あなたのその涙 私のものに

 

   今は自分を 抱きしめて

   命のぬくもり 感じて

 

   私たちは誰も ひとりじゃない

   ありのままでずっと 愛されてる

   望むように生きて 輝く未来を

   いつまでも歌うわ あなたのために

 

不安にさいなまれる時、誰かに手を差しのべてほしくなります。心細さに怯える時、誰かに自分を認めてほしくなります。でも、こんなこと、ひとに求めたら身勝手なわがままになりかねません。叶えるのは、とても難しいことです。

でも、天上にもう一人の自分がいるとしたら…。気づいていないだけで、実はいつでも叶えられているのかもしれません。ひとに求めずとも自分自身によって。ちょっと痛くはありますが(笑)。

いつまでも甘ったれていないで、自立した大人の女性になりなさい。そんな天からのメッセージでしょうか。気づけたことは幸いです。なによりの誕生日プレゼントでした。

 

   今は自分を 抱きしめて

   命のぬくもり 感じて

 

これまで生きてきた自分を、自分自身が祝えなくてどうする。誕生日の朝、また生きようとしている自分を、まず自分が称えられなくてどうする。何歳になっても、誕生日はおめでたい! そんなことを思い心震えた1月でした。

オランダの女の子

心と体のこと

2014年01月21日

ここ寺町界隈は外国の方にも人気のようです。古美術店巡り、御所への道すがらと、毎日たくさんの方がそぞろ歩かれています。

 

ブログジョー岡田さんのことでも紹介していますが、通訳ガイドのジョーさん率いるツアーでは、毎回多くの外国人観光客の方が「しののめ寺町」にお立ち寄りくださいます。小さな子供さんづれのファミリーも珍しくありません。そんなとき私はある家族の姿を探している自分に気づきます。

 

4、5年前、まだ「しののめ寺町」開店前のことです。お盆の休暇に夫婦で旅行に出かけた帰り、京都の地下鉄で外国人のグループと一緒になることがありました。席を譲り合ったのがきっかけで会話が始まりました。

 

グループと思ったのは、両親と子供5人のファミリーでした。オランダの方でイギリス在住とのこと。2週間近くかけて日本を旅しているのだと、正面に座る父親が話してくれました。その傍らに末っ子らしい7歳くらいの女の子が寄り添っていました。白い肌に青い目、金髪のおかっぱ頭にカラフルなキャップをかぶり、映画の子役に出てきそうな可愛い子。目が合うと、はにかんだ笑顔を見せてくれました。まもなく私たちの降りる駅になり、いい旅をと告げて別れました。

 

翌日8月16日は「五山の送り火」の日、私たちは自宅近くの賀茂川に架かる橋、北山橋から見るのが恒例です。8時点火の「大文字」を見た後、15分後に灯る「船」を見るため橋を渡っていると、驚いたことにきのうのファミリーとばったり出会いました。大変な雑踏の中、奇跡のような再会です。さっそく彼らを「船」の見えるベストポジッションに案内しました。

 

亡くなった家族が「お盆」と言われるこの季節にあの世から帰ってくること、この火に送られてまた戻っていくこと、私は精一杯の単語を並べて説明し、火に向かって手を合わせてみせました。どこまで通じたかわかりませんが、火を見上げる彼らの横顔は厳かでした。

 

そんな合間に末っ子の女の子がよく話しかけてきました。彼女の早口を聞き取れずにいると、父親がゆっくり話すよう注意してくれました。

「I like your hair」

思いがけない言葉にポカンとしていると、聞き取れなかったと思ったのか、もう一度ゆっくり言ってくれました。

あなたの髪が好き…、

金髪の彼女の目に、栗色に染めた私のショートヘアはどう映ったのでしょう。小さくても女の子、そんなことが気になるのかと、おしゃまな彼女がまた可愛く思えました。

 

火も消えかかるころ、私たちは橋の上で別れました。握手をしようと差し出した手を、両親は両手で握ってくれました。彼女にもさよならを言おうと腰をかがめると、彼女は両手を私の首に回して抱きついてきました。

 

遠い海の向こうイギリスに帰って、彼女は今日のことをどんな風に思い出すのだろう。素敵なレディに成長するに違いない彼女、果たして今日のことを憶えていてくれるだろうか。小さな体を抱きながら、私は時空を超えてそんなことを思い巡らせていました。

 

幼い子供のこと、日々の暮らしに紛れて今日のことなどきっと忘れてしまうだろう。記憶なんてそんなもの。でも私は憶えているよ。あなたを忘れないよ。そう心で囁きながら、彼女の背中をそっと撫ぜました。

 

あまりに年の離れた私たち、なにがそんなにと不思議ですが、今でも繰り返し思い出される珠玉のような記憶です。

 

橋の上の奇跡のような再会は、二度とはないでしょう。それでも、いつ会っても彼女に恥ずかしくないひとでいたいなぁ、そんなことが一つの目安になっている私です。

寮母さん

店のこと

2014年01月20日

昨年のクリスマスに、お客様からこんなプレゼントをいただきました。ご自身が出版されたご本です。

 

大学生活の迷い方 女子寮ドタバタ日記  

              蒔田直子 編著     岩波ジュニア新書

 

蒔田さんは開店当初からごひいきいただいているお客様です。物腰がとても柔らかく、口角の上がった口元は、いつも笑顔でいらっしゃる様子が伺え、素敵な方だなぁと常々思っていました。お話しするうちに同志社大学の女子寮の寮母さんとわかり、びっくり。

 

寮母さんってドラマか小説の中のひとと思っていました。「寮母さんみたいに面倒みたわぁ」なんて、冗談半分のたとえに使うことはあっても、本物の寮母さんにお会いするのは初めて。イメージそのままに「これぞ寮母さん!」と腑に落ちたことを覚えています。蒔田さんは、そんな方。

 

「しののめ寺町」を北へ。御所の東側、新島旧邸の近くに建つ松蔭寮(しょういんりょう)は今年で50周年。25歳で若き寮母さんになられて以来、30年以上になるとのことです。

寮でのお話を伺う時、いつも蒔田さんの向こうに、女子大生たちのエネルギーが躍動するのが見えるよう。何人もの娘さんたちの10代後半から20代前半という多感な時期を見守り、共有されてきた人生ってどんなだろう、と想像してしまいます。

 

「素敵なお仕事ですね」と、いつも私。

「本当にありがたいことで」と、いつも蒔田さん。

十八歳で親元を離れ、緊張しながら一人で寮のドアを開ける時、新入生たちは生まれ育った場所の空気や匂いをいっぱいまとっている。そのときに立ち込める空気が、私は好き。

 

冒頭のこの文章で、私はたちまち涙してしまいました。ああ、この方にはこうしたものが見えるんだ。感じ取れるんだ。蒔田さんのことを素敵と感じていた私の感性は間違いでなかったんだ、と。

 

 読み進むとすぐに、女子寮というものに抱いていた甘美なイメージが覆されます。経済的にも精神的にも自立的な寮生の皆さん。多感なお年頃は、危ういお年頃でもあります。「女子大生」として決して一括りで語ることはできない、一人一人のかけがえのない時間がそこにあったこと。その一人一人を丸ごと受けとめて来られた蒔田さん。時に涙ぐみながら、一気に読んでしまいました。

 

男女雇用機会均等法以降は「寮母」から「寮職員」に置き換えられているとのこと。それでもやっぱり「寮母さん」が通りがいいと、今も「寮母」と名乗っておられる蒔田さんの心意気そのままの素敵なご本です。私の拙い解説よりなにより、ぜひご自身で読まれることをお勧めします。

実は本の感動はもとより、蒔田さんが私にこのご本をくださったということ。お馴染みのお客様とはいえ、親しい間柄というわけでもない私のことを思い出し、お持ちくださったということ。そのことが、私にはまずもって感動でした。

 

店を開き、そこにお客様が訪ねてきてくださる。せっかくのご縁です。ほんの少しでもお話しさせていただくよう心掛けています。そんななか、ふとお客様の人生に触れたような気がすることがあります。

 

私の人生は、どうしたって一人分しか生きることができませんが、こうしたお客様のお話の中で、さまざまな経験や思いを味わうことができるような。自分の人生にもふくらみが生まれるような。そんな気がしています。

 

これからも一人でも多くのお客様とこうした触れ合いができたらいいなぁ。今回、この本を通して、改めてそう思いました。ご迷惑でなかったら、どうぞお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。

しののめ寺町 公式オンラインショップ

ONLINE SHOP

お得な平袋から数量限定の季節商品、箱入り贈答用まで 取り扱い

トップへ戻る