ユルスナールの靴
素敵な女性
2012年08月07日
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きっちり足に合った靴さえあれば、
じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。
そう心のどこかで思い続け、
完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。
須賀敦子 「ユルスナールの靴」より
今日は立秋、暦の上では秋とはいえ厳しい暑さが続きます。
地下鉄「丸太町」から地上に上がると、真夏の太陽が照りつけます。
セミがシャーシャーと鳴く道を、昼のお弁当やらを詰め込んだ重いスーツケースを引きながら、東に向かって歩くのは、結構、こたえます。
私は夏が苦手で、食欲は激減。ほうほうのていで夏をやり過ごす、なんてことがもう何年も続いています。
起業に当たって不安なことは山ほどありましたが、体力がもつかどうかもその一つでした。
しっかり朝ごはんを食べ、最低限ながら家事を済ませ、店に向かって歩く自分に、私自身が一番驚いています。
ゆっくりながら歩を進める自分の足元を見つめ、ふと心に浮かんだのが冒頭の一節です。 イタリア文学者でエッセイストの須賀敦子は、とても魅力的な文章を書く人で、大好きな作家の一人です。
これまでの私…、あれこれ模索しながらも、なにかしっくりいかないものを感じて生きてきたように思います。 わがままなだけかもしれませんが。
やっと私の足に合った靴が見つかったのかな。
まだ歩き出したばかり、先のことはわかりません。
今はただ一歩一歩、この靴で行けるところまで行ってみよう。
そんな風に思っています。
水瓶の 金魚に憩う 日暮れかな
店のこと
2012年08月03日
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8月に入り、厳しい暑さが続いています。外を歩いている人もまばらなような。無理もありません。
せめて少しでも涼を感じていただけたらと、店先に水瓶を置きました。数年前、滋賀県信楽の陶器市で購入したものです。
たっぷりの水を張り、ホテイアオイを浮かせ、金魚を泳がせ…、といきたいところですが、金魚は無粋ながらプラスチックの作り物です。
店の中から通りを見ていると、通りかかった方が珍しそうに覗き込んでおられたりします。思惑が当たったようで嬉しいような、本物と間違われていたら申し訳ないような…。
私もついつい外に出ては、金魚は元気に泳いでいるかと覗き込んだりしています。
狭い水瓶の中で泳ぐ「なんちゃって金魚」を眺めながら、心は某老舗和菓子屋さんの立派な日本庭園の池で悠々と泳ぐ鯉を思い描いていたりして。
作り物とわかっていても、金魚の姿に憩っている自分に可笑しくなります。
開いている人、閉じている人
店のこと
2012年07月23日
起業以来、ずいぶん生活が変わりましたが、なかでも変わったことといえば、多くの人との出会いのチャンスが増えたことでしょうか。
大小様々の「異業種交流会」なるものがあり、誘われると出かけていくようにしています。業種は軟らかいのから、お堅いのまで。ただし大企業の方はおられません。一人で、あるいは数人規模の企業の方がほとんどでしょうか。毎回、多彩な方たちに出会えます。
初対面の方と手当たり次第に名刺交換…、こういうのって私は苦手だと思っていました。なにしろ趣味がひとり旅。できるなら秘境の地に籠って日がな一日、読書をして暮らしたい、そんなことを夢見ているような人間ですから。
そんな私ですが、今は宣伝が命。「しののめ寺町」のためと、出かけていたつもりでした。ところが、これ、結構、楽しいんです。
常々感じていたことなのですが、人には大別して、「開いている人」と「閉じている人」がいるように思います。
例えば、道で人に会って挨拶を交わすとして…。
「開いている人」は、たとえ名前は知らなくても、顔見知りというだけで笑顔で挨拶をしてくれて、たちまち互いの心が共鳴するのを感じます。
「閉じている人」は、よくよく知っている仲でも、互いの挨拶が届き合わないようなもどかしさを感じ、心がカクカク軋みます。
異業種交流会で出会う方たちは、一人残らず「開いている人」です。
パチンコはずいぶん昔に数回しかしたことがありませんが、チューリップと言うんでしょうか、玉が入ると、受け皿が開いて、玉がじゃんじゃん引き込まれていきますよね。皆さん、そんな感じ。至近距離に近づいただけで、両手を広げて受け止めてくださるような懐の広さ、ウェルカムな雰囲気を持っておられます。
ビジネスのため、と言えば、もちろんそれもあるでしょう。けれど、決してそれだけじゃないと思うんです。なぜって、心地良く感じるんですから。
商売は決して一人では出来ない…、皆さんがよく口にされる言葉です。
商売は厳しく孤独なものですが、だからこそ人の情けもよくわかる。
そんな経験をしてこられた方たちですから、新参者の私のことも優しく受け入れてくださるのでしょう。
私も目下、全開です!
大黒様
店のこと
2012年07月21日
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古美術品を扱う方から「お店に大黒人形を置くといいですよ」とのアドバイスをいただきました。その際、こんなエピソードを…。
東京のとあるお饅頭屋さん。美味しいけれど、通りから少し入った決して立地がいいとはいえない場所。にもかかわらず行列が絶えず、不思議に思っていたところ、ふと見ると、行列のお客様の背中を見下ろすように大黒人形が。
この方、その様を見て腑に落ちられたとのこと。その話を聞いた私も鳥肌が立ちました。商売の厳しさもよくご存知で、「こうしたお力に、あやかればいいのよ」とも言っていただきました。
商売をするなら、誰しもこんな繁盛店になりたいものです。いいことを聞いた、それならうちも…。そうも思いましたが、鳥肌が立ったというのは、それとは少し違う感覚でした。
昔話や民話には様々な神様が出てきます。福の神や貧乏神、神様とは違いますが座敷わらしや、物の怪というのでしょうか、摩訶不思議なものたちも。心掛けをよくしていたら味方になってくれ、邪な心を持つと悪さをするとか。行いの善悪の目安が、子供にもわかりやすいよう、こうしたたとえ話になったのでしょう。
幼い日にワクワク、ドキドキで読んだ話は、大人になっても残っているもののようです。こうした神様が、今でもいたるところにいらっしゃる気がしてなりません。 そんな私ですから、これはもう大黒様に来ていただきたくってしょうがなくなった次第です。
といっても、大黒人形って、どこに売っているんだか。思いついたのが「しののめ寺町」近くの家具街、夷川通りに古くから続く唐木家具のお店です。ここの大奥様、80歳を超えてなおお綺麗で、毎日元気にお店に出ておられます。うちの開店以来、ごひいきいただいていて、商売の極意や人生の機微などを、いつもユーモラスに話してくださいます。
さっそく訪ねて事情を話すと、「ああ、あれ」と言って、出してきてくださったのが一木造の大黒人形。木肌に年輪が浮き出て、飴色のいい艶が出ています。大きさもいい具合で、なにより表情のいいこと。申し訳ないくらいリーズナブルな価格で、一目惚れで譲っていただきました。
一つ一つの家具、小物を大切に扱われ、売れた折には嫁に出す思いと話されていた大奥様、お互いに胸いっぱいの売買でした。
先日、大奥様がご来店、飾り棚に置かれた大黒様を見て、「ええ場所に置いていただいて」と、とても喜んでいただきました。「毎日、撫でてあげると、ますますええ艶が出まっせ」とのこと、実践しています。
米俵を踏みしめ、打ち出の小づちをかざした勇ましいポーズ。背中には床につかんばかりの大きな袋。お宝がいくらでも入りそうです。そして思わずこちらまで和んでしまう柔和な表情。なにもかもがめでたいこと、めでたいこと。そこに居てくださるだけで、すでにご利益いっぱいです。
あれやこれや、もっとご利益を、と思わないではありませんが、そう思ったが最後、大黒様はそっぽを向いてしまわれそう。欲深い心は持たないことにします。
ご来店の折、大黒様を見つけられたら、ぜひ撫でて差し上げてください。ご利益は一人占めするより分け合うもの、大黒様はきっとそうお望みだと思います。
寡黙な名脇役
店のこと
2012年07月12日
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開店時にはたくさんのお祝やお花を頂戴しましたが、お酒もたくさんいただきました。
縦長の箱を斜めに抱えて入ってこられるや、すっと差し出される姿は、皆さんとても様になっていました。男性なら渡哲也、女性なら高島礼子に見えたものです。
さっそく飲んでみると、これが美味しい! 以来、毎晩、夕食時に冷やでいただいています。下戸のためぐい飲みに一杯ですが、すっかり日本酒の魅力にはまっています。
日本酒といえば、じゃこ山椒にも塩昆布にも欠かせないものです。
開店に当たり、調味料について改めて勉強しましたが、日本酒がいかに重要な役割を担っているか再認識したところです。
ちりめんじゃこや昆布が主役なら、日本酒はいぶし銀の名脇役というところ。
うちの日本酒、寡黙ながら主役を盛り立て、いい仕事をしてくれています。
調理場の中央にでんと置かれたその姿は、じゃこ山椒や塩昆布が炊き上がるのを、じっと見守ってくれているようにも見えます。頼もしい存在です。
ミニミニギャラリーで紹介しているように、飲み終わった瓶を使って店内にディスプレイしています。日本酒党のお客様と会話が弾むことも。そんな私たちをまた黙って見守ってくれているような。ホント、寡黙な名脇役です。