アートなこと
2021年10月10日
かもめ食堂2
これまで観た映画のなかで一番好きなものは? と聞かれたら、迷わずに答えるのが「かもめ食堂」です。
2006年ですからもうずいぶん前になりますが、映画館に二度足を運び、原作とDVDまで買ったのは、あとにも先にもこの作品だけです。(ブログかもめ食堂)
このDVD、ふだんは棚にしまい込んだままですが、時々ふっと観たくなることがあります。ちょっと行き詰まった時が多いでしょうか。先日の休み、無性に観たくなり取り出してみました。
小林聡美さん演じる主人公サチエが、フィンランドで日本食の食堂を始めるというお話。そうとう大それた計画だと思うのですが、当の本人はいたって自然体です。
サチエの好みなのでしょう。北欧デザインの設えが素敵な店内。棚に整然と並ぶ使い勝手良さそうな鍋や皿。通りに馴染んだ外観がとてもお洒落で、日本食と言いながら日本ぽいものはまったくありません。
開店以来、一向に客が来ないけれど、サチエはキッチンで一人、ガラスのコップをひたすら磨きながら、なんだか楽しそう。
そんなゆるい時間の流れのなかで起こる日々の出来事が、それはそれは魅力的に描かれていて、同じ場面でクスッとしたり、しんみりしたり。何度観ても飽きることがありません。
なかでもサチエのセリフは一つ一つがとてもシンプルで、心にすっと入ってきます。私にとってサチエは世界で一番やさしく哲学を説いてくれる人です。
展開もセリフももう覚えてしまっているのに、毎回、なにかしら新しい発見があります。観ている私の方が変化しているのでしょうか。
今回はいつにも増してしみじみ見入ってしまい、どうしたことか随所で涙まで出たりなんかして。どう考えても泣くような映画じゃないんですけれど(笑)。
とりわけ印象的な場面があります。ひょんなことから店を手伝うようになった片桐はいりさん演じるミドリが、暇な店を案じて、サチエに進言するシーン。
ガイドブックに載せて日本人観光客を誘致しようと言うミドリに、サチエは「そういうのは、この店の匂いと違う気がする」と、自分の描く「食堂」のイメージを語ります。
そして「それでもダメなら、その時はその時、やめちゃいます!」と、さらりと言ってのけたあと…。「でも、大丈夫!」と、きっぱり。
そこには悲壮感など微塵もなく、爽やかですらあります。
サチエは飄々としているようで、芯に強いものを持っているんだなぁ。芯に強いものを持っているから、飄々としていられるってことかぁ。なんて、いつもながらに感心しつつ、ハッとしました。
サチエはどうやったら客に来てもらえるかじゃなくて、これでもって客に来てもらいたい。そういうものをしっかりと持っているんだ。
看板メニューの「おにぎり」にこだわる子供の頃の思い出。自分がやりたいこと、やりたくないこと。フィンランドのこの食堂で叶えたい夢…。すべてはサチエの心が出発点です。
私はといえば、いつもまわりを見回しては右往左往するばかり。出発点が定まりません。そんな私の心のベクトルを、大きく舵を切るように、ぐいっと鼻先に向けられた気がしました。
「わかっているようで、わかっていないことって、よくあるんですよねぇ」って、ミドリの口癖。そのまんま自分に当てはまることに気づき、たじたじ…。
やがて「かもめ食堂」に客がやってくるようになります。脂ののった焼き鮭、照りのいい豚の生姜焼き、さくさくの豚カツ…。
食後はシナモンロールに、美味しくなるおまじないをかけて淹れたコーヒー。
おいしそうに食べる客たちを、キッチンからうれしそうに眺めるサチエ。ある日、気づきます。「かもめ食堂」が初めて満席になったことに。
その夜、プールで一人、水にぷかぷか浮かびながら見せる、サチエのえもいわれぬ満足そうな表情。私も心の中で思わず大喝采! 何回も観てるのに(笑)。
「かもめ食堂」をいつも遠巻きに眺め、トラブルの果てに馴染み客になった女性が、サチエに言います。
「この店、あなたにとても似合っているわ」
そりゃあ、そうでしょう。サチエの店なんですから! って、画面のこちらからツッコミを入れる私(笑)。とにかく素敵な映画です。
アンテナを張り巡らし、多くの新しい情報をキャッチすること。いろいろな声に耳を傾けること。大切です。
けれど、まずは自分。もっと自分の内に目を向けて。もっと自分の心に耳を傾けて。もっと自分を感じて…。
そしてその奥底にあるものを見つけたい。今一度、初心に戻って。
今の私に一番必要なことを気づかせてくれた、今回の「かもめ食堂」。皆様にはこれからも寛容に見守ってくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。