アートなこと
2017年12月13日
人生フルーツ
先月のことになりますが、素敵な映画を観ました。「人生フルーツ」。ご主人90歳、奥様87歳、足して177歳。ある建築家夫婦の日常を追ったドキュメンタリーです。
きっかけは知人の勧めでした。ひとの映画の感想ほど当てにならないものはないと思っている私ですが、この方は、私が敬愛してやまない故 佐藤初女さん(ブログ佐藤初女さんのこと4)と懇意にされていた女性。「きっと、なにか感じるものがありますよ」のお言葉に、矢も楯もたまらず、出かけて行ったのでした。
津端修一さんは、かつて日本住宅公団のエースとして、数々の都市計画に携わってこられた建築家です。1960年代、風の通り道になる雑木林を残し、自然との共生を目指したニュータウンを計画。けれど、経済優先の時代はそれを許さず、完成したのは理想とはほど遠い、無機質な大規模団地でした。
修一さんは、それまでの仕事から距離を置き、自ら手掛けたニュータウンに土地を買い、家を建て、雑木林を育て始めます。
自分の手で出来ることは、なんでも自分でやる…。ご夫婦でコツコツと丁寧に暮らしてこられた日々。いつしか庭には、70種類の野菜と50種類の果実が実り、小さいながらも、まるで里山がそこにあるよう。
ご夫婦それぞれに、またいろいろな視点から、感じ入る箇所はたくさんありました。が、なかでも私が一番感銘を受けたのは、修一さんの生きる姿勢でした。
実績を重ねてこられた働き盛り、新たに渾身の思いで立てた計画が頓挫するという挫折。屈辱感、無力感…、心中を察するに余りあります。が、それについて多くを語られることはありませんでした。
代わりに、描いた理想を、自らの家で実践してみる…。つつましくも、遊び心いっぱいの豊かな暮らしが、スクリーンいっぱいに繰り広げられるのを眺めながら、後半生はそういう生き方を選択されたのだと、私なりに理解しました。
事の大小を問わず、人生、うまくいくことばかりではありません。時に、どうしてこうも、うまくいかないのかと悲嘆に暮れることも。そんな時、なにかのせいにしたり、誰かを恨んだり、運命を嘆いたり…、なんてしがちなものです。
そうしたことを一切せずに、自分の中でしっかりと向き合い、その後の自分の有り様を定め、自分なりに結実していかれた人生。そんな修一さんだからでしょう、90歳にして舞い込んだ仕事は、精神を病む患者さんの病棟の設計でした。依頼者を前に、すぐさまスケッチブックを取り出し、さらさらとラフスケッチをして見せられたというエピソードは、とても印象深いものでした。
残念ながら、完成した病棟は、奥様に抱かれた遺影となってご覧になることとなりましたが、庭仕事のあと、昼寝から目覚めることなく旅立たれた90年の人生は、見事としか言いようがありません。
自分の人生は、自分でケリをつける。
そういうことなんだなぁ、と思いました。
修一さん亡きあと、修一さんの生前と変わらぬ暮らしを守り続けておられる妻、英子さん。一人、庭を眺められる顔の大写しで映画は終わります。長い人生を歩んで来られたからこその、えもいわれぬ情感がたたえられた表情。刻まれたしわ、しみは隠しようもありませんが、それすら美しいと思いました。ふと、佐藤初女さんが生前よく口にされた、「透き通る瞬間」(ブログ透き通る瞬間)という言葉が浮かびました。
長く生きるほど、人生はより美しくなる
映画の中で引用された、建築家、フランク・ロイド・ライトの言葉です。長寿が必ずしも幸せとはならない時代。特に、女性が年齢を重ねることには、とても冷淡な世の中です。確かにそうかもしれないけれど、決してそうではないかもしれない。年齢を重ねていくことの醍醐味を、静かに教えてくれた映画でした。
今年も残りわずかとなりました。まずはこの一年にきちんとケリをつけられるよう、年末までしっかりやり切りたいと思います。
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